地方は消滅しない ~「消滅可能性都市」の行方と日本経済
2016.10.03「消滅可能性都市」とは
一昨年、日本創成会議(以下、「創成会議」)が公表した「消滅可能性都市」の試算は、大きな反響を呼んだ。「消滅可能性都市」のほとんどが地方部の市町村であったため、地方消滅への危惧が高まり、その後の地方創生論へとつながった。
創成会議が試算する「消滅可能性都市」とは、次のようなものである。
1. 試算の対象は、20~39歳女性の将来人口とする。この人口が減る限り、出生数、ひいては次世代人口も減少すると見込まれるからだ。
2. 試算は、国立社会保障・人口問題研究所(以下、「社人研」)の将来人口推計に準拠。ただし、社会移動率(各自治体の転出入率)は社人研と異なる独自の仮定を置く。
3. 「消滅可能性都市」とは、20~39歳女性人口が2010年から40年にかけて5割以上減る市区町村を言う。試算結果によれば、対象1,799自治体のうち896が該当する。
4. なお、「消滅可能性都市」のうち、2040年時点で人口1万人未満となる市区町村を「消滅可能性が高い都市」と呼ぶ。523の自治体がこれに該当する(注1)。
(注1)人口減少の観点からみれば、当然、「消滅可能性が高い都市」がより深刻である。ただし、この定義による限り、当該自治体の合併が進めば、この分類に属する都市は減る可能性がある。
「消滅可能性都市」はいずれ都市部で増える
上述のとおり、創成会議の試算は、社人研の推計と一部異なる仮定を置いている(詳しくは参考1の脚注参照)。それぞれに理屈があり、いずれの蓋然性が高いかは現時点では判断し難い。創成会議の仮定も特段偏ったものではない。
ただし、創成会議の試算対象である2040年は、人口動態の長期変化の途上であることに注意する必要がある。
日本では、①人口が長期にわたり減り続けるなかで、②その減少は地方部が先行し、都市部がこれに続く。2040年は、そうした長期変化の途上の一時点を切り取ったものにすぎない。
たとえば、全国の20~39歳女性の人口は、2010年を起点として、40年には36%減、60年には54%減、2100年には74%減となる(社人研推計、創成会議が準拠するもの)。これだけ全国的に人口が減れば、「消滅可能性都市」がいつまでも地方部だけですむはずがない。
創成会議の試算が2040年にとどまるのはやむをえない。市区町村別の人口推計は、社人研も2040年までしか行っていないからだ。ただし、2040年までの試算結果をみるだけでも、「消滅可能性都市」の行方はある程度想像できる。
参考1は、東京23区について、2040年にかけて20~39歳女性人口がどの程度減少するかを示したものだ。このうち5割以上減少する区が「消滅可能性都市」である。
さらに、ここでは、2040年時点で4割以上5割未満減少する区も色分けしてみた。これらの区は人口のトレンドからみて、2040年以降の比較的早い時期に「消滅可能性都市」に移行する公算が大きい。これを「(消滅可能性都市に)準じる都市」と呼ぶことにしよう。
創成会議の試算を基にすれば、「消滅可能性都市」の豊島区に加えて、「準じる都市」に杉並区と足立区が該当する。また、仮に社人研推計にこの定義を当てはめれば、「消滅可能性都市」4区、「準じる都市」9区、すなわち23区中計13区がいずれかに該当する。
つまり、若年女性人口の減少は、地方部に限った話ではない。2040年以降には、地方部だけでなく、都市部でも「消滅可能性都市」が増えてくることは間違いない。
結局、創成会議の試算や社人研の推計が浮き彫りにするのは、「東京一極集中」ではなく、「日本全体の人口減少の速さ」だ。つまり、創成会議の定義に従えば、「地方消滅」ではなく「日本消滅」というのが正しいことになる。
しかし、2100年の日本の人口は、(半減以上の減少とはいえ、)5千万人弱だ。これは、今のスペインやカナダよりも多い。「消滅」と呼ぶような話ではあるまい。我々が深刻に受け止めるべきは、人口減少の過程で生じる社会変動と、いつ人口減少に歯止めがかかるかという問題である。論点を取り違えてはならない。
(参考1)20~39歳女性人口の減少率(2040年時点の2010年対比、東京23区)(%)
(注1)淡青色・赤字は「消滅可能性都市」の定義に合致する区。青色・白抜きは筆者定義の「消滅可能性都市に準じる都市」に合致する区。
(注2)創成会議試算は、2010~15年にかけての社会純増減数(社人研推計、年平均36万人程度)がその後も続くと仮定したもの(「人口移動が収束しない場合」)。社人研推計は、2005~10年の性別・年齢別純移動率が20年にかけておおむね1/2程度に縮小し、その後は同水準の純移動率が続くと仮定したもの。
(出典)日本創成会議「全国市区町村別「20~39歳女性」の将来推計人口」より抜粋。NTTデータ経営研究所が色塗り。
日本全体の人口が減れば、地方は消滅するか
では、上記の試算とは別に、将来全国の人口が減るにつれて大都市圏への人口移動が一段と加速し、ついには地方部が消滅するといった事態があるかどうかを考えてみよう。これは、実は、「日本経済が大都市圏だけで成立するか」を問うのと同じだ。
この場合、大都市圏の住民が必要とする食糧は、一体どこから手当てすることになるのだろうか?輸入に依存するとしても、これを賄うための原資をどこから得るのか?製造業は、地方部の資源に頼ることなく、大都市圏だけで生産を完結できるのか?
ここでは参考に、大都市圏だけで存立しているとみられるシンガポールの付加価値生産の状況をみてみよう。ちなみに、シンガポールの一人当たりGDPは日本よりも多い。
参考2は、日本とシンガポールの付加価値輸出について、産業別にシェアを比較したものだ。両国とも農林水産の輸出は僅少にとどまり、他の産業が生み出す付加価値で輸入を賄う構図にある。
シンガポールの付加価値輸出は、民間サービス分野のシェアが高く、とくに「輸送・倉庫」、「金融」、「R&D・事業所サービス」のウェイトが高い。経済が大都市圏だけで存立するには、このような有力なサービス業の存在が必要であることを示唆している(注2)。
(注2)情報通信や金融、専門・技術サービスなどのサービス業は、他の産業に比べ、大都市圏に集まる傾向が鮮明である(2016年2月「ITが人口の大都市集中を加速させる?」参照)。
(参考2)日本とシンガポールの産業別付加価値輸出
――付加価値総輸出に占める構成比(2011年、%)
(注)OECD-WTO「付加価値ベース貿易統計」を基に計算。「サービス」の付加価値輸出に関しては、2014年10月コラム(「グローバル・バリュー・チェーン下で競争力はどこから生まれるか」)を参照。なお、2015年以降公表の統計改訂により計数が変わっていることに注意。
(出典)OECD-WTO TiVAデータベースを基にNTTデータ経営研究所が作成。
世界的にも、「金融」や「R&D・事業所サービス」は高い付加価値を生む産業と認識されており、日本でも今後伸長を期待したい分野だ。だが、事業所サービス(法律、会計サービス)は欧米勢に圧倒的な優位性があり、一足飛びにウェイトが高まるとは考えにくい。
また、日本はシンガポールに比べはるかに豊かな自然資源を有している。この比較優位を活用しない手はない。
そう考えると、日本が、サービス業に偏った経済構造に一挙に向かう可能性は低い。今後も、サービス業だけでなく、製造業や農林水産業の付加価値生産に依存する経済であり続けるだろう。
とすれば、地方が消滅し、日本経済が大都市圏だけで存立するようになるとは到底想像し難い。
競争のエッジを磨く
もちろん、これとは正反対に地方経済が大都市圏から独立して存立することも考えられない。
たとえば、地方企業の維持を目的に、「地域住民は地元企業の生産する財・サービスのみ購入可能」とする規制を考えてみよう。こうすれば、地元企業の存続可能性は高まるだろう。だが、域内の物価は上がるし、手に入らない商品もでてくる。住民には到底容認し難い選択肢だ。
結局、重要なのは、地域住民には域内外から財・サービス購入する機会を保証しつつ、地元企業が維持されることである。そのためには、地元企業が、国内外に高い競争力をもち、域外から所得を得ることが必須の要件となる。
これは、本来、市場メカニズムに任せておけば実現可能である。なぜなら、前述のとおり、大都市圏は地方経済なしには存立できないからだ。大都市圏は、良質な財・サービスの供給を地方経済に求める。その結果として、地方と大都市圏の間に有力な連携が生まれる。
もちろん、地方が消滅しないからといって、すべての地域の経済的存立が保証されるわけではない。ある地域が他の地域に対して有利な地位を確立したいのであれば、地域のもつ比較優位(エッジ)を磨き、競争力を高めるしかない。
たとえば、地元に有力な産業が存在するのであれば、その競争力の源泉を見定め、大学や研究所と連携して基礎研究や応用を行い、産学一体で地域の先端性を磨くことが重要だろう。このような大都市との連関こそが、有能な人材を当該地域に惹きつける基盤となる。
地方は消滅しない。「地方が消滅しかねない」から困るのではない。「消滅するはずのない」地方が競争力を高められなければ、日本経済全体が沈んでしまうから困るのだ。地方創生は、地域のエッジを磨き、日本経済の発展に貢献するものでなければならない。
以 上
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