リモートワークはなぜ難しいのか、どう克服するか(全2回) ~その2(完)・リモートを阻む「意識」と「制度」
2020.07.01前回述べたように、リモートワーク(テレワーク)に向く仕事は、案外多い。オフィスワークと称される仕事のほとんどは、これに当たる。リモート移行への抵抗感も、緊急事態宣言下の在宅勤務でかなり薄れたようにみえる。
しかし、壁は厚く、高い。たとえば、物理的な文書の保存を定めた内部管理の方法やメンバーシップ型雇用制度の限界は、すでに多く指摘されてきた。しかし、これらの「制度の壁」以上に難しいのは、「意識の壁」である。
意識の壁(1)~お客様は神様か?
リモート移行の難しさの一つは、コミュニケーションに対する受け止め方の違いにある。
すでに述べたように、「初めての人とのコミュニケーションや複雑な内容のコミュニケーションを伴う仕事」は、対面の方が効率的だ。一方、相互理解が進んだ相手であれば、非対面の方が生産的である可能性が高い。
問題は、どの程度の相互理解があれば非対面で十分と見るかが、立場により異なることだ。とくに顧客との関係が難しい。日本では「お客様は神様」として、「お客様から呼ばれれば、すぐに飛んでいく」慣行が美徳とされてきたからだ。
これは、発注側(顧客企業)の担当者にとっては、心地よい慣行だっただろう。しかし、ツケは、受注側、発注側の双方に回る。受注企業の多くは大手ユーザーの近くに拠点を置くが、費用は、取引価格への上乗せを通じて、発注側にも一部転嫁される。
一例として、情報通信業をとりあげてみよう。参考は、産業ごとにみた大都市圏・地方圏別の従業員一人当たり付加価値額のシェアである。
(参考)産業ごとにみた大都市圏・地方圏別の従業員一人当たり付加価値額シェア(%)
(出典)総務省・経済産業省「平成28年度経済センサスー活動調査 調査の結果」を基に筆者が作成。
情報通信業は、学術研究、専門・技術サービス業(法律事務所、会計事務所など)と並んで、典型的な大都市圏集中型の産業である。しかも、情報通信業の場合は、単に大都市集中にとどまらず、東京都内への集中が際立つ。
「いつでも、どこでも」利用可能な技術を開発する産業が、対面中心のスタイルにあるのは、なんとも皮肉である。
理由には、①日本では、システムエンジニアのほとんどがベンダー側に所属し、ユーザー側に開発内容の「翻訳者」がいないこと(その結果、ベンダーが顧客に対面で、複雑な内容を説明する機会が多いこと)、②「お客様は神様」とする慣行のもと、ベンダーは大手ユーザーをいつでも訪問できる態勢を整えていること――などがあげられる。
海外でも、情報通信業は大都市集中型の産業といえる。ただし、日本のように都心でなく、大都市周縁部に拠点を置く例が多いようにみえる。どこまで仕事をリモート化できるかは、一企業だけでなく、顧客企業にも意識の変革が求められる。
意識の壁(2)~組織の一体感の醸成は?
もう一つは、「組織の一体感の醸成」や「人間関係の改善」、「ディスカッションを通じたアイデアの涵養」のためには、対面での対話が不可欠との意識が強いことである。前回述べたように、この意識は一概には切って捨てられない。一切対面のない世界では、組織へのアイデンティティやロイヤリティは生まれにくいだろう。
どこまで対面を重視するかは、いわば程度の問題といえるが、その見方も人により異なる。上位資格者が対面を望めば、リモート移行は一挙に遠ざかる。
議論はなかなか閉じないが、従来の見方には思い込みが多いことにも注意する必要がある。その昔、組織の一体感の醸成には「ノ(飲)ミュニケーション」が欠かせないとされた時代もあった。しかし、いま振り返れば、むしろ慣れ合いを助長し、生産性の向上を阻害しかねない組織風土であったようにも見える。
また、リモートでも一体感の醸成はかなりの程度、可能と見られる。その成否は、オンライン会合のモデレーター(議事進行者)の力量にかかる。これからの上位資格者やチームリーダーには、モデレータ―としての素養が求められる。
制度の壁~物理的な制約と雇用・人事制度
従来の組織は、押印による決裁と物理的な文書の保存を中心に内部管理の体制が構築されてきた。したがって、決裁と文書保存のデジタル化が進まない限り、リモートへの移行はおぼつかない。
日本では、とくに行政のデジタル化が遅れている。今般の現金給付の混乱ぶりに象徴されるように、マイナンバー制度は、本来の目的である災害、税制、社会保障への利用でさえも、効果を発揮できなかった。行政の電子化の遅れは、民間のリモート化を阻害する。国として本気の取り組みが求められる。
民間企業内部では、雇用・人事制度の変革が必須となる。仕事や勤務地を限定しない従来の雇用形態(メンバーシップ型)は、リモートワークへの移行を阻害する。リモートワークのもとでは、仕事の常時監視は難しいし、そもそも不適当だ。
従業員一人一人のジョブ・ディスクリプション(職務明細)を明確に定め、成果に応じた評価体系の導入を急がねばならない。そうしたジョブ型雇用への転換なしには、従業員の間の公平感を保つのは難しい。
まずは、リモートワークの遅れが生産性を押し下げ、従業員の暮らしも制約してきたことの認識を、組織内部で共有することだろう。
そのうえで、リモート移行に向けた改革を断固として進める態勢が重要となる。移行には、初期費用もエネルギーもかかる。トップの強力なリーダーシップと、全社あげての共通理解が欠かせない。
ただちに地方分散につながるものではない
しかし、巷間いわれるように、リモートワークが地方再生の切り札となると考えるのは楽観的にすぎる。
顧客との難しい交渉がなくなるわけではないし、企業も組織である以上、一定の頻度で職場に集まることは不可欠だろう。
すなわち、リモートワークは、現在の職場から今ある自宅で働く機会を増やすことになるが、それ以上の変化が劇的に起こるとは考えにくい。人口動態でいえば、都心から電車で1時間程度の地域への「昼間人口の分散」と考えるのが自然である。
そうであれば、地方再生を、都心の企業にリモートで働く人々に頼るのは難しい。地方創生は、やはり地方で自立する企業中心で考えるべきことである。ここを見誤ってはならない。
以 上
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