金融経済イニシアティブ

物価はなぜ上がるのか、適切な政策は? ~「物価目標2%はグローバルスタンダード」という錯覚(1/2)

2022.04.01

4月以降、物価が前年比2%に達する可能性が出てきた。直接の原因は、①携帯電話料金引き下げの影響一巡、②昨年来の原油価格の上昇、③コロナ下のサプライチェーンの分断に、④ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格や穀物価格の急騰が加わったことだ。

 

同時に見逃せないのは、米欧の物価上昇率が目標の前年比2%を超えて高騰していることである。

 

日本と米欧の物価上昇率には、「一定の格差をもって連動する関係」がある。原因・結果でなく単純な相関だが、今回も例外でない。この強固な関係が示唆するものは、何か。

 

44年にわたる日米物価格差

 

日本の物価上昇率は、1978年以降、一貫して米国を下回ってきた(消費税導入・同税率引上げの年を除く、以下同じ)。

 

平均格差は、①1978年から2021年までの44年間で2.0%、②日本の物価上昇率が2%を下回るようになった1993年から2021年までの29年間で1.8%である(参考参照)。

 

(参考)日米物価上昇率の推移

 

(注)日本は消費者物価前年比、米国はPCE(個人消費支出)デフレーター前年比。1970年までは両国とも「総合」。71年以降は、日本は「生鮮食品を除く総合」、米国は「食品、エネルギーを除く総合」。

(出典)総務省「消費者物価指数」、セントルイス連銀「FRED(経済データ集)」

 

 

日米の「一定の格差をもった連動関係」は、日本経済が第2次石油危機を克服し、世界の優等生と呼ばれた時代に定着している。決して最近の話ではない。

 

上記のグラフが示唆するのは、次のようなことだろう。

 

第1に、この強固な関係を踏まえれば、「物価目標2%はグローバルスタンダード」との主張は危うい。米国が物価のコントロールに成功し、目標の2%台を維持する限り、日本は2%に達しない。

 

逆に日本が物価2%を達成できるのは、米国の物価が目標を外れて高騰する場合に限られる。今がまさしくその時期に当たる。

 

第2に、過去44年の中で、日米格差がゼロに近づいた時期が2度あった。①バブルの後遺症が残る91、92年と、②リーマンショック前のミニバブルの後遺症が残る08年だ。

 

いずれも大きな景気後退を伴うものであり、日本経済にとって決して良好なパフォーマンスではなかった。「物価目標2%はグローバルスタンダード」との主張は、やはり安直にすぎる。

 

第3に、足元の米国の物価(PCEデフレーター、食品、エネルギーを除く総合)は、前年同月比5.4%に達している(2月)。FRB(米国連邦準備制度理事会)は3月に利上げを開始したが、ウクライナ情勢の深刻化もあり、長引く可能性がある。

 

そうであれば、日本も高めの物価上昇率が続く可能性がある。その実態は、①ウクライナ情勢に伴う供給ショックと②円安の進行を背景とする典型的な輸入インフレだ。日本銀行のいうとおり、好ましい物価上昇ではない。

 

異次元緩和の本質は?

 

上記の論点は、異次元緩和を評価する上でも示唆的である。

 

異次元緩和は、日本銀行が国債とETF(指数連動型上場投資信託)の購入を通じて、巨額の資金を市場に供給する政策である。理屈立ては、「大量の資金供給が人々のインフレ心理を掻き立て、物価を上昇させる」というものだった。

 

しかし、過去44年の中で、日米の格差がゼロに近づいたのは、上述のとおりバブル期、ミニバブル期の2度に限られる。この経験則を踏まえれば、異次元緩和は、バブルを引き起こすことでインフレ心理に働きかける政策だったようにも映る。政策の主軸が国債、ETFといった金融資産の大量購入だったことが、この見方に符号する。

 

日銀がこうした波及経路を意識していたわけではないだろう。しかし、そうした解釈も成り立ちそうな客観情勢にある。

 

長期金利の柔軟な変動を

 

もちろん、バブルを引き起こして物価を押し上げるのは、適当でない。実体経済の振幅を大きくし、金融システムを弱体化させてしまうからだ。

 

重要なのは、日米の物価格差がどのような社会経済構造に起因するかである。

 

これまでは、「消費者心理」や「企業の価格設定行動」の一言で片づけられがちだった。しかし、過去44年の歴史と最近9年の異次元緩和の結果を踏まえれば、家計や企業活動の背後には、より根深い社会経済的な要因があると考えるのが自然だろう。

 

次回のコラムで検討したいが、これまでの経験を踏まえれば、現在の日本経済にとって物価2%は高すぎる目標だ。日本にあって、物価2%は良好な経済パフォーマンスを保証する水準ではない。

 

今回の物価上昇の実態は輸入インフレであり、金融政策がどう対処するかは難しい。物価2%目標は高すぎるとはいえ、そもそも物価目標は硬直的に取り扱われるべきものでもない。しかし、だからといって異次元緩和を堅持し、輸入インフレを助長するのは適当でない。

 

日銀が長期金利を「ゼロ%±0.25%」の上限以下に抑え込んでいる結果、内外金利差が拡大している。内外金利差の拡大は円安をもたらし、輸入インフレを助長している。輸入インフレは、企業の国内収益と家計の実質所得を圧迫する。政府が物価高の緊急対策を講じようとする一方で、日銀が円安を促し物価をさらに押し上げようとするのも、奇妙な話だ。

 

翻って、長期金利のゼロ%固定は金利機能を損ない、市場の資金配分機能も歪めてきた。

 

円安を促し、輸入インフレを助長すべき局面ではない。今は、金利機能の回復に努める時だ。長期金利が柔軟に変動するよう、誘導レンジの撤廃に向けて、現行の「ゼロ%±0.25%」の上下限を緩めていくのが妥当である。


(「「物価目標2%はグローバルスタンダード」という錯覚(2/2、完)」を
4月19日に掲載しました。下記「関連コラム」からアクセスください。)

 

以 上

 

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