金融正常化には程遠い「長期金利の変動幅拡大」 ~常識では計り難い「日銀の説明」を考える
2022.12.28さる12月20日、日本銀行は、長期金利の変動幅を「±0.25%」から「±0.5%」に拡大した。その理由を、公表文は以下のように述べる。
「緩和的な金融環境を維持しつつ、市場機能の改善を図り、より円滑にイールドカーブ全体の形成を促していくため、長短金利操作の運用を一部見直す」
「より円滑なイールドカーブの形成を促す」ではない。「より円滑に(形成を)促す」である。
「より円滑に促す」という表現を、筆者は見たことも聞いたこともない。「促す」主体は日銀自身なので、「円滑かどうか」は日銀内部の問題である。だが、公表文に自省の言葉はない。
単なる日本語の誤りのようにもみえる。しかし、公表文の主文である。日銀独自の言い回しと思惑があるのだろう。公表文全体を仔細に点検すると、「市場機能」という用語も特異な定義に基づくことが分かる。
多くのメディアが今回の措置を「金融正常化への第一歩」と報じたが、それは常識に基づく解釈だ。いまの日銀のロジックは、常識では計り難い。金融の正常化は、はるかに遠い。
量的ターゲットの復活
今回の措置は、次の3点に要約される(公表文「別紙」より)。
(1)国債買い入れ額を「月間7.3兆円」から「9兆円程度」に引き上げる。
(2)長期金利の変動幅を「±0.25%程度」から「±0.5%程度」に拡大する。
(3)「各年限における機動的な対応」として、①10年物の指値オペを「0. 5 %」で毎営業日実施するとともに、②各年限でさらなる買い入れ増額や指値オペを機動的に実施する。
第1のトリッキーな点は、(1)の国債買い入れ額の復活である。日銀は、2016年に金融調節方式を変更して以来、国債購入額の目標を事実上取り下げ、ターゲットとする長短金利の実現に向けて、弾力的に国債を買い入れるようにしてきた。金利上昇圧力が高まるときは、上限を定めることなく国債を買い入れた。
現行の「月間7.3兆円」も、あくまで長期金利「±0.25%」を実現しようとして、国債を買い入れた結果である。あらかじめ設定した目標ではない。そもそも金利と量の両方を目標に掲げ、都合よく同時に実現することはできない。
では、今回の「9兆円程度」はどのような位置付けか。単に、緩和の継続をアピールしようとして、もっともらしい数字を掲げたというのであれば、いざというときは、引き続き上限の定めなく国債を買い入れるということだろう。
あるいは、月間の買い入れ額が9兆円程度に達し、それでも金利上昇圧力が続くときは、イールドカーブ全体の水準を見直す可能性を示唆しているのか。
おそらく前者だろうが、最近の「理屈は後からついてくる」政策手法を踏まえれば、注意深くみていく必要がある。
各年限への指値オペが意味するもの
第2の、かつ最もトリッキーな点は、「市場機能の改善」の名のもとに、「(3)各年限でさらなる買い入れ増額や指値オペを機動的に実施する」としたことだ。
市場機能とは、本来、市場金利を自由な形成に委ねることによって、需給を調整することにある。日銀はこれまで、10年物金利を±0.25%幅に抑え込み、それ以外の長期金利を自由な形成に委ねてきた。その結果、イールドカーブ上で10年金利だけが下方屈折することとなった(参考参照)。
(参考)国債のイールドカーブ(12月金融政策決定会合前)
(出典)日本銀行「(参考)イールドカーブ・コントロール(YCC)の運用の見直しについて」より。
今回の「各年限への指値オペ」とは、10年に限らず、すべての年限に日銀が介入してイールドカーブの屈折を避けるオペレーションを意味する。こうした市場介入は、市場機能を一段と低下させる行為にほかならない。
日銀の関心は、イールドカーブの形状だけに向けられているようだ。
しかし、国内のコア物価は前年比3%台に達し、来年度、再来年度も1%台の日銀見通しにある。海外金利も高止まりしている。イールドカーブがなだらかになっても、10年物0.5%が市場機能からかけ離れて低い水準にある事実は変わらない。
遠い正常化への道筋
こうしてみると、冒頭の「より円滑に促す」とは、①10年物金利だけを抑え込む手法は失敗であり、円滑でなかった、ついては、②すべての年限の金利を日銀が期待する水準に抑え込みたい、との趣旨とみえる。市場機能の改善とは真逆である。
異次元緩和の副作用である「企業の新陳代謝の遅れ」、「金融システムの弱体化」、「財政規律の緩み」は、いずれも市場機能の低下に起因している。日銀がその理解に至り、真の意味での市場機能の回復にコミットしない限り、金融の正常化は始まらないということだ。
それにしても、「より円滑に促す」は、日本語として誤りである。10年近く独自の言い回しや新たな理屈の付け加えで、日銀の説明は素直には理解できないものとなった。国民との真っ当な対話を避けているかのようである。
以 上
[関連論文]
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