地域と付加価値(3/3、完):情報通信業はなぜこうも大都市特化型なのか
2023.01.11過去2度にわたり、市区町村別にみた産業別の従事者1人当たり付加価値額(以下「1人当たり付加価値額」)を確認してきた(2022年9月「全国2位は東京都境界未定地域-地方圏をリードする製造業、民間研究機関」、同11月「農林漁業、宿泊業で高付加価値を誇る市町村は?」)。
付加価値とは、企業や事業所の売り上げから原材料費や減価償却を差し引いたものをいい、この中から従業員の給与が支払われ、残りが利益となる。これを事業従事者数で割った「従事者1人当たりの付加価値額」が、いわゆる労働生産性だ。
最終回となる今回は、情報通信業、製造業の動向を取り上げたい。データは、いずれも2016年「経済センサス―活動調査」による。
情報通信業は超大都市集中型
情報通信業といえば、所在地にかかわらず、どこでも事業を営めるイメージが強い。例えば、しばしば取り上げられるのは、IT系ベンチャーがオフィスを構える徳島県名西郡(みょうざいぐん)神山町(かみやまちょう)だ。
しかし、マクロのデータからは真逆の姿が見て取れる。情報通信業ほど大都市集中型の産業は、他に例がない。
1人当たり付加価値額の上位10市区町村は、すべて政令指定都市内の区が占める。うち6地域は、東京都特別区内にある(5つの区と境界未定地域)。
(参考1)情報通信業の従事者1人当たり付加価値額(上位10市区町村)
(注1)従事者数の構成比が5%未満の市区町村は除外。
(注2)東京都境界未定地域とは、千代田区、中央区、港区の間で所属が定まっていない地域をいう(前掲22年9月コラムを参照)。
(出所)総務省統計局「2016年経済センサス―活動調査」を基に筆者作成。
ちなみに、海外の大手ITベンダーの場合は、都市中心部から電車で1時間程度の郊外にオフィスを構えている例が多い。都心からはるかに遠くに位置するわけではないが、日本のように、都心そのものに大規模の拠点を設けている例は少ない。
彼我の違いは、法人企業、ITベンダーのいずれに多くのIT技術者が所属しているかにあるようだ。
古いデータとなるが、米国の場合、IT技術者は7割がユーザー企業側に、3割がベンダー側に所属とされる。一方、日本は、ユーザー企業側の所属は2割にとどまり、8割がベンダー側とされる(独立行政法人情報処理推進機構「グローバル化を支えるIT人材確保・育成施策に関する調査 調査報告書」(2011年3月))。
ユーザー所属の技術者が限られ、コンサルティングから開発、運用に至るまでITベンダーが深く関与するとなれば、ITベンダーは顧客企業に近い場所に拠点を置くことになるだろう。典型的には、トラブル発生時に飛んでいける場所である。これが大企業を顧客とする大手ITベンダーが都心にオフィスを構える理由だろう。
法人側所属のIT技術者の少なさは日本の弱点であり、イノベーションが生まれにくい一つの理由とされる。背後には、日本の労働慣行がある。IT開発のように繁閑の波が大きい仕事は、終身雇用の慣行はなじみにくい。労働慣行の見直しは、やはり必須の課題である。
なお、情報通信業が地方圏でまったく成り立たないわけではない。アプリやゲームソフトのように、開発が単体として完結する製品であれば、地方圏でも十分に成立しうる。
規模としてさほど大きなものにはならないとしても、相応に高い「1人当たりの付加価値額」を期待できる。冒頭の神山町(徳島県)は希少な例としても、福岡周辺にゲームソフトの開発拠点が多いのが示唆的である。
企業城下町を形成しやすい製造業
製造業は、全国平均の1人当たり付加価値額は660万円と、全産業の同平均536万円を2割強上回る水準にある。
地域別にみた最大の特徴は、サプライチェーンを構成するグループ企業が一地域に集まり、いわゆる「企業城下町」を形成ていることだ。
1人当たり付加価値生産額の上位10市区町村をみても、地域内の製造業の雇用シェアが5割超または5割に近い地域が約半数あり、典型的な企業城下町を形成していることが分かる。
(参考2)製造業の従事者1人当たり付加価値額(上位10市区町村)
(注)従事者数の構成比が20%未満の市区町村は除外。
(出典)総務省統計局「2016年経済センサス―活動調査」を基に筆者作成。
企業城下町であるがゆえに、市町村の浮沈は、中心業種の付加価値生産にかかる。上位10地域は、工作機械、自動車製造、精密機械、医療機器といった高付加価値の企業を抱えた市町村だ。
製造業は、土地、水、空気をはじめ、豊富な自然資源を活用する産業であり、地方圏が有利な立地にあることは今後も変わりない。
問題は、①これまで高い付加価値を計上してきた工作機械や自動車製造などの産業が、今後も強い国際競争力を維持できるか、②ロボット化やデジタル化の進展が、どれほど雇用数に影響するか、③新たな成長が期待される製造業は、どれほど自然資源を必要とするかである。
他方、製造業の雇用縮小は、国内の現役世代人口の減少に対応した面もあり、一概に悲観視すべきものではない。マクロ的にみて重要なのは、①国内に残る製造業の1人当たり付加価値額をどれだけ維持できるかであり、②製造業に代わる他産業の付加価値をどれだけ引き上げられるかにある。
日本経済の相対的な地盤沈下は①、②の両方に起因するが、とくに大きな課題を抱えるのは後者、すなわち、他産業とりわけ非製造業の生産性の低さである。日本経済も地域経済も、非製造業の生産性向上に力を注がねばならない。
以 上
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