少子化対策の財源は高齢世代の負担を中心に ~出生率に及ぼす効果に配慮を
2023.05.08岸田政権が、異次元の少子化対策を掲げている。4月には「こども未来戦略会議」が発足し、財源に関する検討も始まった。
岸田文雄首相は、同会議で「世代や立場を超えた国民一人ひとりの理解と協力を欠くことはできない」と述べている。与党内には、社会保険料を財源に充てる案もあるという。
しかし、負担に関する世代間のバランスの議論なしに、少子化対策を論じることはできない。負担の在り方は、出生率の変動に直結するからだ。
自助・公助がもたらす出生率の上昇・低下
出産・子育てや年金・医療・介護などの福利厚生を考える際には、自己負担と公的負担の割合をどう定めるかが、最大の論点となる。公的負担といっても、最終的には国民の誰かが負担しなければならないからだ。
福利厚生の負担を高齢世代と若者世代のいずれに課すかは、出生率に大きな影響を与えるはずだ。ここでは、縦軸に高齢世代向け社会保障(年金・医療・介護)を、横軸に若者世代向け社会保障(出産・子育て支援)をとり、自助、公助の出生率への影響を考えてみよう(参考1参照)。
(参考1)福利厚生の負担と出生率の関係
(出典)筆者作成。
第1象限に当たる「年金・医療・介護=自助、出産・子育て=自助」の組み合わせは、途上国型に近く、総じて出生率は高い。公的支援に依存できない以上、老後の介護・看護は主に子どもたちに頼らざるをえない。これが、子どもをもつインセンティブとして働いていたようにみえる。
第2象限の「年金・医療・介護=自助、出産・子育て=公助」の組み合わせは、出生率の向上をもたらす。老後の介護・看護は子どもたちに頼らざるをえない一方、出産から就職までの子育ては公費が負担する仮定だ。この場合は、子どもをもつインセンティブが大いに高まるだろう。
逆に、第4象限の「年金・医療・介護=公助、出産・子育て=自助」の組み合わせは、出生率の押し下げにつながる。出産・子育ての費用をすべて若者世代の負担とする一方で、老後の介護・看護は公的費用で賄われるとすれば、子どもをもつインセンティブは低下するはずだ。
こうした結果となるのは、一口に「公助」といっても、ほとんどの費用は現役・将来世代が負うと考えられるからだ。所得税率、法人税率、社会保険料の引き上げや国債の発行は、いずれも現役・将来世代中心の負担となる。高齢世代を含む全世代に均等に課される負担は、消費税程度に限られる。
社会保障の現実
日本の社会保障は高齢世代に手厚く、参考1の図表に照らせば、第4象限に位置しているようにみえる(参考2参照)。
(参考2)日本の社会保障費の内訳
(出典)財務省HP「これからの日本のために財政を考える」を基に筆者作成。
国は、1990年代半ば以降の急速な高齢化とともに、高齢者向けの制度充実を図ってきた。有権者の多い層への社会保障の充実は、選挙対策としても有効だっただろう。
一方、財源は、社会保険料の引き上げや国債の発行が中心であり、負担は現役・将来世代に偏ってきた。その際には、「今の若い人たちも年齢を重ねれば、年金・医療・介護の福利厚生を受けることになり、恩恵は均霑(きんてん)される」と説明された。
しかし、若者世代にとって出産・子育ては「今」の話である。「将来」に恩恵を受けるからといって、「現在の高齢世代分を含めて、費用を負担せよ」と言われても、子どもをもつことに躊躇(ちゅうちょ)するのは当然である。
もちろん、出生率の動向を一つの要因だけで語ることはできない。しかし、福利厚生にかかる負担の重さが出生率に大きな影響を与えてきたことも間違いないようにみえる。
大事なのは、現役・将来世代に偏った負担のバランスを是正することだ。そのためには、少子化対策の財源を高齢世代中心に考えなければならない。
一つは、年金の支給年齢の引き上げや医療費負担割合の引き上げなどによって、若者世代の負担を軽減することである。
もう一つは、資産課税の強化の検討である。高齢世代と現役世代の間には、不動産を含む保有資産に圧倒的な差がある。にもかかわらず、不十分な資産課税のために、高齢世代から若者世代への移転が進んでいない。技術的には難しい課題があるが、いつまでも手つかずでは出生率の低下をくいとめることは難しい。
シルバー民主主義の克服を
医療や介護は、ケアを受ける側もケアをする側も、「物理的、精神的な痛みや辛さ」を伴う。そのために、これら福祉の充実が優先されてきた事情はよく分かる。少子化対策は、医療、介護に比べ成果が見えにくいこともある。
だが、福利厚生の充実が、若者世代に偏った負担となってきたことは間違いない。少子化対策は、負担に関する世代間のバランスの議論から始めなければならない。
シルバー民主主義を克服する覚悟が必要である。
以 上
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