財政法はなぜ厳格な財政規律を求めているのか ~昭和7年からの教訓とは
2025.03.04最近、財務省を悪者視する書籍や動画が目立つ。国民に寄り添う施策を提案する政治家や評論家に対し、あたかも財政規律を振りかざして抵抗する財務官僚のイメージである。
だが、厳格な財政規律を求めているのは、財政法である。もし「財政規律を求めるのは不適当」とするのであれば、責任は、法律を定めた国会にある。
財政法は今も厳格な財政規律を求めている。だが、近年、その形骸化が進んできた。財政法は発行を認めず、別の法律(特例公債法)を根拠に発行される赤字国債の残高は、いまや800兆円を超えようとしている(2024年度末見込み)。
先人は、何を考え財政法に厳しい財政規律を求めたのか。同法のコンメンタールである「財政法逐条解説(第3版)」(平井平治<当時、大蔵省主計局法規課長>著、一洋社・1949年、以下「逐条解説」)をもとに、法律に込められた先人の思慮を探ってみよう。
戦争危険とインフレの防止
国の予算や財政の基本を定める財政法は、日本国憲法の公布(1946年11月、施行47年5月)を受け、1947年に国会での議決を得て同年4月に施行された。
逐条解説は、法とその条文の趣旨に①国民生活の安定、②戦争危険の防止、③インフレーションの防止をあげる。
背景には、①1932年(昭和7年)の政党内閣制の崩壊以降、軍部の政治への関与が強まり、国債の発行をテコに軍事費の膨張が続いたこと、②日本銀行がいったん国債を全額引き受ける仕組みのもとで、戦中、戦後に激しいインフレを招いたことへの反省があった。
第4条本文:健全財政の原則、戦争危険の防止
逐条解説は、同法第4条を「健全財政を堅持していくと同時に、財政を通じて戦争危険の防止を狙い」とした規定とする。健全財政とは、歳出は税収等(歳入)で賄い、赤字国債の発行は認めないとする原則である(参考1参照)。
国民生活の安定にとって健全財政を必須としたのは、同法の施行が敗戦から2年に満たないタイミングであったことを踏まえれば納得がいく。敗戦により信用を失った国が借金を抱え、返済に追われる事態となれば、国民生活は安定しないと考えるのが自然である。
同時に、逐条解説が繰り返し強調するのは、第4条の狙いを「戦争危険の防止」としていることだ。1932年(昭和7年)以降、軍事費は増加の一途を辿ったが、費用はもっぱら国債の発行によって賄われた。
その反省として、逐条解説には次のような文言が並ぶ。
・戦争と公債は密接不離の関係にある。
・公債のないところに戦争はないと断言し得る。
・(第4条は)憲法の戦争放棄の規定を裏書き保証せんとするものであるともいい得る。
第4条但し書き:建設国債の容認、赤字国債の禁止
その一方で、第4条は但し書きで公共事業費、貸付金、出資金の3項目の支出に限り国債(いわゆる建設国債)の発行を容認する。その理由としてーー国債の発行は例外的としながらもーー3項目の支出に伴う資産は利潤や配当を生むので、返済原資を当てにできることを指摘している。ただし、この場合も、その時々の経済情勢を踏まえて発行の是非を判断しなければならないとする。
言い換えれば、上記3項目以外の支出、すなわち社会保障支出などを賄うための国債(いわゆる赤字国債)の発行は認めない。健全財政の原則に反するというのが最大の理由だが、建設国債を容認した考えに照らせば、3項目以外の支出は将来世代に負担だけを課すものだからとなるだろう。
この結果、どうしても赤字国債を発行したいときは、例外的な扱いとして別の法律(いわゆる特例公債法)を国会で決議する必要がある。近年巨額に達した赤字国債の発行は、そうした例外扱いが常態化したものである。
財政法第5条:インフレの防止
財政法第5条は、日本銀行による国債引き受けを禁じる(参考2参照)。
この条文が設けられた理由も、1932年(昭和7年)に端を発している。同年、日銀は新規の国債をいったん引き受け、その後市中に売却する仕組みを始めた。国債の大量発行に対処しつつ、市中への資金供給量を増やさないための仕組みだった。
当初この仕組みは機能したが、1935年末ごろから、物価と金利の上昇を背景に国債売却が難しくなった。これを受けて、髙橋是清大蔵大臣は国債減額の意向を固めたが、軍事費の拡大を要求する軍部と対立。翌36年の2・26事件で、高橋蔵相は凶弾に倒れることとなった。
逐条解説は、戦後のインフレの原因の一つは、日銀引き受けの仕組みのもとで「(政府が)簡易に、しかも不健全に巨額の資金を得た」ことにあるとし、財政法が健全財政を求める以上、日銀引き受けの仕組みは禁じられなければならないと述べている。
異次元緩和下の日銀の国債買い入れ
日銀は、2013年4月から11年にわたり、巨額の国債買い入れを行なった。いわゆる異次元緩和である。この間に日銀の国債保有残高は464兆円増加した。新規国債発行額の約9割に相当し、11年間の財政赤字をほぼ丸呑みした形である。
日銀の国債買い入れは市中からの購入であり、法解釈上は、第5条の「国債の引き受け」には当たらないとされる。しかし、金利ゼロ近傍で、かつ財政赤字にほぼ匹敵する金額を、発行から間をおかずに買い上げた以上、財政規律を緩める方向で作用したことは間違いない。
昭和7年に採用された日銀の国債引き受けに比べても、市中売却を一切行わなかったことを踏まえれば、経済機能的には財政ファイナンスにより近かったといえるだろう。
日銀自身は、これは物価安定の目的のために実施したものであり、財政ファイナンスとは目的が違うと説明している。その上で、「これが『財政ファイナンス』ではないことを明確にしていくことが、(中略)きわめて重要」(2024年12月「金融政策の多角的レビュー」)と述べる。
日銀の意図が、政府の資金繰りの面倒をみることでなかったのは、その通りである。しかし、日銀の巨額買い入れもあって、財政規律は緩み続けてきた。日銀は口頭だけでなく、主張どおりに「財政ファイナンスでなかったことを明確にする」必要がある。
戦前の国債引き受けは、その後の市中売却が円滑に進まなかったために財政規律をゆがめ、インフレの原因となった。その反省から財政法第5条が設けられた。そのことを踏まえれば、「『財政ファイナンス』でないことを明確にする」には、異次元緩和の解除を踏まえ、国債保有残高を異次元緩和前に確実に戻していくことである。そうでなければ、客観的にみて、財政ファイナンスとの違いは明確にならない。
国会は正面からの議論を
財政規律の問題を戦争のリスクと直結させることに、違和感を感じる人もいるだろう。リスクの軽減には外交努力が重要である。しかし、人間は弱い存在だ。それゆえに、一定の箍(たが)をはめることによって、リスクを軽減しようというのが先人の知恵だった。軽視してはならない。
財政法はなし崩し的に形骸化が進んできたが、財政規律の緩みを懸念する政治家は少なくない。とりわけ財政支出の拡大が選挙での集票に結び付きやすくなっている現状を踏まえれば、財政規律をめぐる真剣な議論が必要だ。党派を超えた正面からの議論を期待したい。
以 上