賀状の季節
2018.12.14今年も賀状書きのシーズンがやってきた。
いかんせん筆不精で悪筆である。年の瀬がおし迫ってからジタバタするのは、年中行事だ。
悩みは添え書きだ。
1年を振り返って思うところは?、、、、とくになし。
来年の抱負は?、、、とくになし。
相手に伝えたいことは?、、、とくになし。
そんなわけで、ジタバタする。
そこで、この10年ほど、同一パターンで対処することにした。
先輩には「本年もよろしくお願いします」、同輩には「本年もよろしく」、後輩には「本年もよろしくね」である。
1年前に何が書いてあったかを覚えている人はいないだろうから、これでよい。
それでも、自筆は骨が折れる。
そこで考えた。
賀状を先輩あて、同輩あて、後輩あての3種類に分け、「本年もよろしくお願いします」、「本年もよろしく」、「本年もよろしくね」を、添え書き位置にワードで印字することだ。なんとも、素晴らしいアイデアではないか。
だが、妻が、横ヤリを入れてくる。
「ワードの添え書きなんて、誠意が感じられないねぇ」
ん?、誠意が感じられない?、、、いや、年賀状は誠意でなく、私が生存中であることを知らせるためのものだろう。
が、まぁ、彼女の言い分もわからぬではない。
そこでまた考えた。
「よろしく3点セット」を白紙に自筆でしたため、スキャンしてPDF化し、賀状に重ね印刷する。
こうすれば、ほとんどの人が自筆と勘違いするだろう。なんとも、素晴らしいアイデアではないか。
そこへ、また、妻が口をはさむ。
「そうまでして、なぜ賀状を出す?」
ん?、そうまでして、なぜ賀状を出す、、か?、、、う~む、彼女にしては、なかなか鋭い質問ではないか。
たしかに、賀状のなかには、たまたま知り合い、そのまま互いに交換し続けている相手もいる。
実際、初対面と思い名刺交換をしたあとで、「あ、年賀状のあなたでしたか」と、互いに顔を見合わせたこともある。
妻にさっそく報告する。
私、「今日会った人は、実は初対面ではなかった。これが分かったのも、年賀状のおかげである。」
妻、「ふ~ん、、、それがどうかした?」
プリンター
昔は、プリンターの性能が低かった。本文が斜めにずれたり、宛て名の印字が中断したりと、散々だった。自分のミスで、表と裏の上下をひっくり返すこともしばしばだった。
書き損じは郵便局で交換してくれるが、手数料がかかる。書き損じ率が高くなれば、家計にも響く。
そこで、あて名ミスや上下逆転の賀状は、再利用することにした。修正液を施して、書き直す。しかし、この年賀状を出せる相手はさすがに親しい間柄に限られる。
ある年、兄から指摘される。
「お前からくる年賀状は、毎年、変なのばかりだな」
、、むむ、、。
最近は、プリンターの性能向上のおかげで、書き損じがほとんどなくなった。つれて、私が兄に賀状を出す機会も減った。さぞや、さびしがっていることだろう。
それにしても、最近は欠礼のはがきが多い。昨年は7枚、今年は10枚といった具合だ。
妻、「年賀状用のはがき、もうたくさん買っちゃったけど、どぅすんの?」
私、「ふ~む。じゃ、兄貴にでも出してみるか。」
(イラスト:鵜殿かりほ)