合格電報 ~課題解決型ソリューション?
2020.02.15
その昔、「合格電報」という学生仲間の小ビジネスがあった。
当時の大学入試の合格発表は、キャンパスの掲示板に受験番号や氏名を貼り出すだけだった。
インターネットがなかったので、ほかに方法はなかったのだろう。
これは、遠隔地の受験生にとって厄介だった。合否を見るだけのために、上京するわけにはいかない。
そこで受験生からお代をもらい、合格発表を見て、本人に報告するというビジネスが成立していた。
大学側も事情が事情なだけに、黙認していた。
いま風にいえば、課題解決型のソリューション・ビジネスといったところか。
ビジネスには投資が
昔は、電報で「サクラサク」とか「サクラチル」と打電していたようだ。
しかし、私が学生のころは、さすがに電話が普及していた。したがって、実際は「合格電報」ならぬ「合格電話」だった。
兄とその友人をリーダーに、4、5人でチームを組んだ。
試験前夜は忙しい。
段ボールを手に入れ、下敷き用に何枚も切り出す。氏名、受験番号、電話番号を記入する申し込み用紙も大量に準備する。
問い合わせ用電話番号を記したメモもつくる。小さな鉛筆も何本も用意しておく。
申し込み用紙を、画鋲で下敷きに止める。鉛筆も、紐で下敷きに止める。
下敷き、申し込み用紙、鉛筆の3点セットを、全部で40組も用意しただろうか。
兄いわく「商売はなにごとも投資が不可欠だからな」と。
入試当日
入試当日の朝は早い。
キャンパス内には立ち入れないので、校門近くの適地を確保する。合格電報屋のライバル(学生)は多い。
場所を確保すると、さっそく、あらかじめ用意した机とのぼりを据え付ける。
のぼりは、試験会場に向かう受験生の目に、何気なく飛び込むものがよい。
ただし、入試前に申し込みに訪れる受験生は少ない。みな、気が気でないのである。
すべての勝負は、試験終了後の一瞬で決まる。試験が終わるやいなや、受験生が一斉に駆け込んでくる。
ここで、机の上に申し込み台帳を据えて待つような電報屋は、あっという間にビジネスチャンスを失う。
受験生は行列を嫌う。一刻も早くキャンパスをあとにしたいのだ。
私たちは、押し寄せてくる受験生に、申し込み3点セットを片端から手渡し、代金1千円とともに回収する。
これであれば、受験生は立ったままで記入できる。行列をつくらせず、大量の客をさばける。
そのうえ、店頭に受験生が群がるので、信頼のおける人気店との錯覚も生んでいたようだ。
首尾は上々。
たしかに、商売には事前の投資が不可欠だった。
合格発表準備
発表までの期間も、なかなか忙しい。銀行に出かけ、大量の10円玉を用意する。
受け取った申し込み用紙を、受験番号順に並びかえ、一覧表もつくる。
稀に気の毒な受験生もいた。なかには、一か所の合格電報屋に頼むだけでは心配で、場所を変えて二か所の電報屋に申し込む者もいた。
ところが、私たちは手分けして二か所で開業していた。おかげで、下宿に戻り、受験番号を整理していると、同じ受験生から計2件頼まれていたことに気づく。
そうしたときは、ありがたく南の空に頭を下げるのだった。
(先方には、合否の電話をかけた際「2件の申し込みがあった」ことを伝えた。さすがに「半分返してくれ」と言う受験生はいなかった。)
発表当日
発表当日は忙しい。
キャンパスには複数名で出かけ、見間違いのないよう、何度も確認する。別の一人は問い合わせ用電話の前で待機する。
合否の確認後、この日のために仲良くしてきた喫茶店に駆け込む。喫茶店の公衆電話をしばし借用するためだ。
当時の公衆電話は、地域ごとに「10円=*秒」という決まりだった。たとえば、「東京・大阪10円=5秒」といった具合だ。5秒ごとに、電話機に投入済みの10円玉がコツンコツンと落ちていく仕掛けだった。
不合格の受験生への連絡は短く済んだ。―――――
当方「もしもし、**様でいらっしゃいますか」
受験生「あ、はい」
当方「誠に残念ですが、不合格でした。受験番号**ですね。残念ですが、不合格です」
受験生「あ、そうですか。分かりました」
(ガチャ)
たいていの場合、10円玉数枚で済んだ。まことに割のよい商売である。
厄介なのは、合格者の方だった。―――――
当方「もしもし、**様でいらっしゃいますか」
受験生「あ、はい」
当方「おめでとうございます、合格です。受験番号**ですね、合格されました」
受験生「え、ほんとうですか、あ、ありがとうございます。もう一度、念のため、受験番号を。」
当方「あ、はい、受験番号**です。間違いありません。合格です。」
受験生「あ、ありがとうございます、ほんとうに、もうここでだめだったら、どうしようかと。。。ほんとうに、ありがとうございます、、、」
当方「誠におめでとうございます、では、」
受験生「あ、ちょ、ちょっと待ってください、いま母がお礼を申したいと言ってますんで」
当方(ぇ、え~?)
受験生の母「**の母でございます。ほんとうに、このたびはありがとうございます、、、あの、たいへん失礼ですが、見間違いといったことはないんでしょうね。」
当方「あ、はい、受験番号***でいらっしゃいますよね。こちらも、複数で何回も確認しましたので。」
受験生の母「そうですか、ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。いぇね、もう、この子はずっと頑張ってきたんでね、はい。だから、なんかとか受かってほしいと。。。え~もう、それは、。。。」
当方「あ、いや、その」
受験生の母「これもそれも、みなさまのおかげで、、、ほんとうにありがとうございます、、、、いえ、それはもう、、、、なんだ、かんだ、、、、あれやこれや、、、、四の五の、、、。」
10円玉のコツン、コツンと落ちていく音が、むなしく響くばかりだった。。。。
(ちなみに兄はいま、日々合格を扱う進学情報誌の発行会社を立ち上げ、繁盛しているようだ。。。)
(イラスト:鵜殿かりほ)