サッカー日本代表への「熱い思い」と「お寒い一日」 ~損切りできない私たち
2023.03.01金融機関には、「損切りルール」と呼ばれるルールがある。
有価証券の運用を担当するディーラーは、与えられた金額を自らの裁量で運用し、日々損得を計算する。
損失が一定額に達したときは、社内のルールにより強制的に運用を終了し、損失を確定させる。これが「損切りルール」だ。
ルールは、理性では何ともならない「人間の弱さ」をふまえたものである。
人は負け始めると、勝負から途中で降りるのを躊躇(ちゅうちょ)する。
「明日こそは取り返せるはず」との希望的観測が勝るようになり、ずるずると損失が膨らむ。
そうした弱さが経営の足を引っ張らないよう、あらかじめルールを定め、損失を一定額に抑え込む趣旨だ。
ルールに違反すれば懲戒処分は免れない。それほど厳しいルールにしておかないと、損切り回避の誘惑になかなか勝てないということでもある。
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2014年、年の瀬も押し迫った一日。
自宅近くのグランドでサッカー日本代表が練習するとの噂が聞こえてきた。
1月には、オーストラリアでアジアカップがある。年末まで練習し、いったん解散。年明け後に再び集まり、彼の地に向かうらしい。
しかし、練習に関する公式の発表は一切ない。インターネットを探しても情報はない。練習が何時に始まるのか、そもそも今日練習があるかも分からない。
しかし、そこはなんだな。
日本代表に熱い思いを抱く私たちとしては、行ってみるしかないっしょ
、、、ってなわけで、妻とグラウンドに向かう。
10時
グラウンド着。
さすがに日本代表の姿はない。
それでも、ファンの姿がぽつぽつと。
私たちも負けじと、駐車場とスタジアムの中間地点に陣取る。ここならば、代表を間近で見られるはずだ。
外は相当に冷えている。
11時
まだ、誰も現れない。
私「う~寒っ」
妻「寒い」
私「何時まで待つ?」
妻「さぁ」
私「昼過ぎたら、考えるか」
妻「そうね」
う~寒い。
12時
まだ、誰も現れない。
私「昼飯、どうする?」
妻「さぁ、今、ここを離れる勇気ある?」
私「ない」
妻「私もない」
私「ふむ」
とても寒い。
13時
まだ、誰も現れない。
私「本当に、今日練習はあるんだろうか」
妻「さぁね」
私「も少しだけ待ってみるか」
妻「はぁ」
ほんとうに寒い。
14時
まだ、誰も現れない。
私「どぅする?飽きてきたしな」
妻「なんか、面白いことでも考えてみたら?」
私「そぅだな、んじゃ、<あ>からいくか」
妻「ん?」
私「<あ>「アギーレにはアギレたぜ」」(*筆者注:アギーレは当時の日本代表監督)
妻「おやじギャグか、つまんないね」
私「ふむ、じゃ、<い>「石の上にも3年いれば化石」」
妻「なんだかねぇ」
私「じゃ、<う>「牛に引かれて善光寺参り」って、なんで牛に引かれてなんだろ?」
妻「そんなこたぁ、私ゃ知らん」
私「じゃ、こんなんどうよ、「牛に引かれて善光寺参り、牛に轢かれてお墓入り」」
妻「つ、つまらん」
私「ふむ」
妻「……」
私「あれ?」
妻「何?」
私「まだ5分しか経ってない」
妻「……」
やっぱり寒い。。。
15時
誰かグランドに出て来たぞ。
グランドを覆う目隠しの脇から覗く。いよいよか。
だが、始まったのは芝刈りだった。
妻「いまから芝刈りってのは、どんなもんかねぇ」
私「さて、、ね。」
妻「帰る?」
私「いや、いま帰ったら、ここまで我慢した甲斐がなくなるってもんだ」
妻「あ、そ」
あ~、寒い。
16時
芝刈りはとうに終わり、再び静寂がやってきた。
ファンの数は増えてきたような、そうでもないような。
私「ここまで来て、帰るわけにはいかんしなぁ」
妻「ふ~ん」
おお寒い。
16時半
なにやらコーチらしき人がグラウンドに出てきて、練習道具を並べ始めた。
私「お、いよいよか」
妻「そんなことより、みんな別の方角に向かってる」
私「ん??」
妻「あっちみたい」
私「げっ、今までの場所取りはなんだったんだ?」
妻「走れ」
駐車場に向かう。
息は切れるが、それでも寒い。
17時
じゃ~ん、ついに大型バス現れる。
選手たちがバスから降りてくる。
しかし、人垣の後ろにいる私たちには、何も見えない。
く~~。
17時半
スタジアム開門。
練習はアップ中心で、1時間ほどで終わった。
それでも、本田圭佑選手や岡崎慎司選手を写真に撮る。
吹きさらしのスタジアムは、今にも雪が降りそうだ。
寒い、寒い、寒かった。
18時半
練習が終わり、選手を見送る。
自転車で帰路につく。
が、方向転換。
駅前の居酒屋に向かう。
熱燗を注文して、トイレに駆け込む。
「あ~、今日はいい一日だった」とトイレで自分に言い聞かせようとするが、歯がガタガタ鳴って言葉にならない。
やはり損切りは難しいものだ。。。
(イラスト:鵜殿かりほ)