犬に、鼻であしらわれる
2023.06.01海外の一部の空港では、犬の検査が実施されている。
人による犬の検査ではない。
犬による人の検査だ。
数年前、米国ロサンゼルス空港で帰国便のゲートに向かおうとしていた。
手荷物検査のブースの手前に、長い、長い行列があった。
おそらく、200人近くはいただろう。
検知犬の順番を待つ客だ。
出発便なので、爆発物の検知に特化した犬なのだろう。
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1列6人ずつ並んで、順番を待つ。
約30秒で1列進むぐらいのスピードだ。
ようやく先頭に到着し、じっと検知犬を待つ。
ハンドラー(調教師)に連れられた犬が、旅客と手荷物の臭いをかいで回る。
異常をみつければ、おそらく座り込むなどして、ハンドラーに知らせるのだろう。
ジャーマン・シェパードやラブラドール・レトリバーが、役目を任されているようだ。
何らやましいところはない私だが、犬が近づくにつれて緊張した。
これが入国審査ならば、作り笑いで懐柔を図るところだが、犬にこびる術を知らない。
周りも同じ様子で、ただおとなしく順番を待っている。
ようやく私のもとへ検知犬がやって来た。
検知犬が、クンクンと鼻をならして、私を嗅ぎまわる。
なんか、私の時間が長いような。。。。
結局、何事もなく、「さっさと、あっちへ行け」と、鼻であしらわれた。
ほっとはしたものの、なにか釈然としない。
主客逆転である。
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(休憩室で)
検知犬A「先輩、われわれのような専門性の高い仕事は、人間界では、いい給料がもらえるそうですぜ」
検知犬B「そうそう、われわれのようなスペシャリストは、そういう誇りが大事だ」
A「いや、そうじゃなくて、給料の話で」
B「ん?」
A「いえね、だから待遇をもう少しよくしてもらいたいなと。。。」
B「結構、大事にしてもらってると思うがね」
A「でも、一日中働き詰めのわりに、ほかの犬とたいして食事は変わらない」
B「で?」
A「ですから、たとえば、肉の2,3切れでも増やしてもらえればな、と。。。」
B「えらく、ちっちゃい望みだね」
A「じゃ、骨付き肉も1本加えて」
B「ま、いいけどさ、空港側も財政が厳しいようだぞ」
A「うちの家計はもっと苦しい」
B「ふむ、犬は子だくさんだからな」
A「めったなことじゃ、爆発物も見つかりませんしね。失職のおそれは、ないっすかね」
B「そりゃ大丈夫だろ。われわれの存在そのものが、犯人へのけん制となる、エヘン」
A「そんなに自慢しなくても。。。。でも、爆発物がでなきゃ、ボーナスもでない」
B「どんなボーナスが欲しい?」
A「ん~~、新築の犬小屋1軒とか」
B「ちっちゃ!」
A「でも、ですぜ。ほかの犬は、家の中でグダグダしてても、食事にありつける」
B「そこだよ。奴らは、人間にこびて餌にありついてる」
A「は?」
B「その点、俺たちは、だ。人間を鼻であしらって、食事を頂戴する」
A「ん?」
B「どちらが、犬の矜持(きょうじ)に叶っているか、考えてみろ」
A「矜持?矜持ってなんすか?」
B「英語でいえば、プライド、、かな。衿(えり)を正す、ってやつだ」
A「プライドですかぁ。。。」
B「犬には犬のプライドがある」
A「いりますかね、そんなもん。人間界じゃ、プライドにこだわる奴は絶滅危惧種って噂ですぜ」
B「だからこそ。犬は犬の矜持をもたにゃぁ、いかん。人間に尻尾を振るだけの存在に成り下がっては、いかんのだ」
A「はあ、、、」
B「原始より、犬は人間とともに狩りを続け、対等な関係にあった」
A「はぁ?」
B「尻尾を振っていては、だめなんだ」
A「なにも、そんなに肩肘張らんでも。。。」
B「いや、肩肘じゃなく、背筋を伸ばせと言っておるのだ」
A「あぁ、そうっすか。先輩のように、わざと威圧するのはどうかと思いますけど」
B「あれは威圧でなく、威厳だ」
A「そんなことを言ってちゃ、いつまでも待遇は改善しませんぜ。やっぱストライキでもやりましょうよ」
B「残念ながら、われわれは要求を口では伝えられん、ワン」
A「だから、ハンガーストライキとか」
B「食事抜き、水抜きか、つらいな」
A「それぐらいやらんと、人間どもには伝わりませんぜ」
B「で、肉を2切れでも増やしてもらったら、すぐにガッツクつもりか?なんとも矜持のない。。。」
A「じゃ、牛歩戦術はどうっすか?一列30秒の検査を1分にするだけで、出発便も相当に遅延が出る」
B「おい、天敵の「牛」になってどうする、、、俺たちは脚力が自慢だ」
A「じゃ、牛歩戦術じゃなくて、遵法(じゅんぽう)闘争ってことで」
B「古いね~。遵法は死語だろ」
A「それにしても、先輩が、こんなに人サマに従順とは思わなんだ」
B「逆だ。人間が俺たちに従順なんだ。見てみろ、俺たちのために100人、200人がおとなしく行列をつくってる」
A「そんなもんすかね」
B「そんなもんだ」
A「つまんねぇ」
B「お前も、わざと怖い顔をしたり、小さく唸り声をあげてみろ」
A「は?」
B「奴らの戸惑う顔が面白い」
A「ん?」
B「2,3周ぐるぐるしてみるのもいいぞ」
A「はぁ?それが、犬の矜持ってもんすかぁ?」
B「。。。」
(イラスト:鵜殿かりほ)