金融経済イニシアティブ

東京の「境界未定地域」を足で確かめよう ~やっぱ「フィールドワーク」でしょ

2023.08.01

東京都には「境界未定地域」がある。

市区町村の境界が定まっていない地域だ。

 

これが、JR東京駅や有楽町駅、新橋駅の間近(まぢか)にある。

ま、マジか?(だじゃれである)

 

かつての堀川を埋めた土地だけに、面積は狭い。

 

しかし、市区町村の稼ぐ力を示す「1人当たり純付加価値額」は全国第1位だ(2023.08.01コラム「2021年経済センサス 明暗著しい「地域、産業の稼ぐ力」~ひとり勝ちの建設業、沈んだ娯楽・観光関連」参照)。

 

謎を探りに、フィールドワークへ出かけよう!

 

[本稿は、2023年8月コラム「2021年経済センサス 明暗著しい「地域、産業の稼ぐ力」」とのコラボ企画です。
筆者の推定が多く含まれていることに、ご注意ください。]

 

前編:一石橋から西銀座ジャンクションへ

 

「2016年経済センサス―活動調査」で東京都が「境界未定地域」としていたのは、6地域である(注)。

(注)6地域は、①旧外堀川、②東京駅地下街の一部、③八重洲地下街の一部、④旧汐留川、⑤中央防波堤埋立地、⑥ベヨネース列岩、須美寿島(すみすじま)、鳥島、嬬婦岩(そうふがん)。このうち⑤中央防波堤埋立地は、2019年に帰属先(江東区、大田区)が確定済み。

 

このうち、多くの付加価値を生み出しているのは、「旧外堀川」、「旧汐留川」、「東京駅地下街の一部」、「八重洲地下街の一部」だろう。

 

東京メトロ半蔵門線の三越前駅近くにある一石橋(いちこくはし)を起点に、徒歩で確かめてみよう。

 

一石橋は日本橋川に架かる橋で、旧外堀川はこの近くで日本橋川から分岐していた。

 

(参考1)「境界未定地域」 一石橋から西銀座ジャンクション付近まで

(注)赤い△は、旧外堀川のおおよその位置。筆者推定。
(出典)「地理院地図Vector」(国土地理院)を加工して作成

 

一石橋から外堀通りに沿って、呉服橋交差点方面へ。旧外堀川は、外堀通りのすぐ横(西側=東京駅側)を南北に流れていたはずである。現在は、鉄鋼ビルディングやパシフィックセンチュリープレイスなどの高層ビルが立つ場所だ。

 

境界未定地域はもともと外堀を埋めた土地なので、横幅20メートル前後の帯状地域だったと想像される。

 

しかし、現在ビルの立つ一つひとつの敷地に、帯状区画はほとんど見当たらない。帯状よりも広い長方形の敷地が多いようだ。つまり、千代田区と境界未定地域にまたがって整地されている。このため、素人目には、どの建物が境界未定地域に属するか、ほとんど見分けがつかない。

 

東京駅地下街と八重洲地下街の一角を歩いたあと、外堀通りに沿ってさらに南下する。

 

鍛冶橋通りを渡り、さらに直進すると、東京高速道路の西銀座ジャンクション付近に辿り着く。ここまでで総行程のおよそ4割、距離にして1キロメートル強となる。

 

外堀通りは旧外堀川にあらず

 

誤解されがちだが、車が行き交う外堀通りが「旧外堀川」の跡地というわけではない。その証拠に、一石橋から続く(外堀)通りは、江戸時代の古地図にもある。

 

もし堀川の跡地に道路をつくっていれば、中心線で千代田区と中央区に分割すればよかっただろう。しかし、埋め立て地のすぐ横には、もとから(外堀)通りがあった。それゆえに、跡地は道路でなく商業地として整地された。

 

だが、帯状のままでは使いにくい。そこで、さらに西側の土地(千代田区)と一体で整地した区画が多かったのだろう。そうして手が加えられた結果、今さら土地と建物を2分割するわけにはいかなくなった。これが境界問題をさらに複雑にした。以上が筆者の見立てである。

 

なお、外堀通りを「旧外堀川」の跡地と誤解させる理由の一つに、外堀通りにある「呉服橋」、「鍜治橋」、「数寄屋橋」の交差点の存在がある。

 

かつて外堀川に架かっていた橋の名だが、橋は現在の交差点に架かっていたわけではない。実際は、外堀通りの西端からJRの線路方向に架かっていたはずだ。交差点の名は本来、「呉服橋横」、「鍛冶橋脇」、「数寄屋橋辺り」などとすべきだった。

 

後編:西銀座ジャンクションから新橋出入口付近へ

 

「境界未定地域」をさらに南下してみよう。ここから先は分かりやすい。跡地には、東京高速道路の高架が通っているからだ。経済センサスが対象とする企業や事務所は、高架下の建物の中に入居するショッピングモール内の商店や飲食店のはずである。

 

(参考2)「境界未定地域」 西銀座ジャンクションから新橋出入口付近まで

 

(注)赤い△は、旧外堀川、旧汐留川のおおよその位置。筆者推定。
(出典)「地理院地図Vector」(国土地理院)を加工して作成

 

東京高速道路は、JR有楽町駅の横を通過したあと、新橋駅手前でほぼ直角に左折する。ここからは旧外堀川を離れ、旧汐留川の跡地となる。境界を巡る争い(?)も、千代田区vs.中央区から中央区vs.港区に変わる。

 

さらに東進し、新橋出入口付近を過ぎると、高架下は駐車場や資材置き場に変わり、汐留ジャンクションの手前で境界未定地域が終わる(港区の標識が出てくる)。

 

西銀座ジャンクションから新橋出入口までの総行程は約1.5キロメートル。高架下には、銀座インズ、西銀座デパート、銀座ファイブ、銀座コリドー街、銀座ナインなどのショッピングモールや飲食店街が入る。

 

東京高速道路は首都高にあら

 

これも誤解されがちだが、東京高速道路は首都高速道路ではない。首都高・都心環状線の京橋ジャンクションから分岐した東京高速道路は、新京橋、東銀座、西銀座、土橋、新橋の出入口を経由して、汐留ジャンクションで再び首都高・都心環状線に戻る。

 

名が体を表すように首都高とは経営体が異なる。全長2キロ余りの短い道程だが、地上の渋滞を避けることができ、区間内無料の便利な自動車専用道路である。

 

ところが、東京都は、2030年代以降、この道路を廃止する予定と発表した。首都高の日本橋区間・地下化事業に伴う変更とのことで、廃止後は「空中回廊」にするという。今年5月には、その先駆けとして2日間車の走行を止め、歩行者天国のイベントが行われた。

 

首都高日本橋区間の地下化は、「日本橋の景観を取り戻すため」とされる。しかし、工事費用は莫大だ。同時に、東京高速道路のような便利な道路が廃止される。果たしてこれでよかったか。

 

「景観を取り戻す」と言っても、外堀川や汐留川が復活するわけではない。江戸時代の「木橋」(日本橋)を取り戻すものでもない。「景観」と言っても、わずか60年前のものに過ぎない。

 

住所不定

 

属する区が定まっていない以上、「境界未定地域」には住所がない。だが、それでは郵便物が届かない。実際はどうなっているのだろうか。建物のホームページで確認してみよう。

 

一石橋から西銀座ジャンクションに至るルートは、調べた限りでは、どの建物も千代田区の住所が書かれていた。該当する高層ビルに入居する人々は、自分たちが境界未定地域で働いていることに気づいているだろうか。

 

一方、西銀座ジャンクションから新橋出入口までの高架下は、ユニークだ。例えば、銀座インズ1は「中央区銀座西3-1先」、銀座インズ2は「中央区銀座2丁目2番地先」、銀座ファイブは「中央区銀座5丁目1番先」となっている。

 

「先」の追記が、あたかも真の住所でない符牒のようだ。

 

「商売柄、銀座を名乗りたいんで、「先」を付けることでご勘弁を」との声が聞こえてきそうだ。

 

銀座インズ1の「銀座西3-1先」に至っては、そもそも「銀座西」という名の行政区画が存在しない。皆が知恵を振り絞った結果なのだろう。

 

ちなみに、飲食店や量販店などが入る銀座ナインの住所は「中央区銀座8丁目の先」。中央区銀座8丁目と港区新橋1丁目/東新橋1丁目の境界にある。銀座ナインという名称は、実在しない「銀座9丁目」への憧れ(しゃれ?)か。近くには、「***銀座9丁目」という名の飲食店すらある。

 

結末

 

それにしても暑い、いや、熱い。

 

夏の炎天下に、フィールドワークはいただけない。

「東京駅地下街の一部」と「八重洲地下街の一部」で済ませておくべきだった。

(2023年7月11日記)

 

 

(イラスト 鵜殿かりほ)